銀幕のいぶし銀・第90回
『ロスト・イン・トランスレーション』
(2003年・アメリカ)
監督:ソフィア・コッポラ
出演:ビル・マーレイ、スカーレット・ヨハンソン
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『ラスト・サムライ』などを見ても今のアメリカ映画は様々なやり方で日本に対する興味を示すわけだが、ここにまた一つ、現代日本の一断面を鮮やかに切り取ったアメリカ映画が登場する。処女作『ヴァージン・スーサイズ』が話題を呼びヒットした監督ソフィア・コッポラは、あのフランシス・コッポラの実娘であるが、ハリウッドとは距離を置きNYを中心に製作活動を続けているユニークな監督である。間もなく公開の彼女の第2作『ロスト・イン・トランスレーション』だが、大都会東京に翻弄され自己を見失っていくアメリカ人を通して、異国の目から見た現代日本の特異な容貌が生々しくあぶり出されていく作品であり、本国では異例のヒットをした上にアカデミー賞も受賞している。
日本のCMに出演する為来日した映画俳優B・マーレイは、言葉もろくに通じない環境の元、ひたすら時間に追い立てられる撮影にストレスをため込むうち、アメリカに置いてきた妻との絆に大いなる疑念を抱く。一方カメラマンの夫と共に来日した新婚のS・ヨハンソンは、人が溢れかえる不夜城のような新宿をさまよううち、夫との将来に漠然とした不安を募らせていく。ホテルで偶然巡り会った二人は意気投合して夜の街を駆け抜け、やがて少しずつ深層の不安を共有していくのである。
この映画が描く東京は、ひたすら非人間的に混沌とした街である。深夜になっても繁華街は雑踏でごった返し、絶えることのないネオンの洪水が煌々と輝いている。時間に追われ慌ただしい仕事、地下鉄にはヌードが描かれた漫画を読みふけるビジネスマンと、構内でひっきりなしに流れるアナウンス…などと、刺激にあふれカオスと化した新宿近辺の描写が続く。これはあまりにも誇張が過ぎる、と感じる日本人も実際多いようだが、そのような批判はこの映画には全く当てはまらない。なぜならこの映画は「正しい」日本の姿を客観的に描こうなどと端から考えもせず、むしろ異国の人間が見た日本の都会の風景をありのまま「誠実に」描くことに心血を注いでいるからであり、この映画的誠実さにおいてS・コッポラは断固とした信念を感じさせる監督といえよう。
それにB・マーレイの好演以上に、主役に抜擢されたS・ヨハンソンの自然体な魅力が素晴らしい。理知的な表情の下に隠れている子供のような感受性が、他のどこにもない刺激に満ちあふれた都会に対して好奇心と同時に倦怠をもたらしていくのを、等身大でキャメラが捉えていくのである。これはまさに映画のスクリーンでしか味わえない女優の魅力であると同時に、素直に感じたままの東京を浮かび上がらせるのに成功しているのである。
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