銀幕のいぶし銀・第89回
『きょうのできごと』
(03・きょうのできごと製作委員会)
監督:行定勲
出演:田中麗奈、妻夫木聡、伊藤歩、柏原収史、池脇千鶴
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けんかに明け暮れる在日の高校生の日常と恋愛を生き生きと描いた映画『GO』で高い評価を集め、吉永小百合主演の大作『北の零年』(年末公開予定)も決定している若き実力派監督、行定勲の新作が間もなく公開される。この『きょうのできごと』は、京都や大阪を舞台に、大学生の友人たちの一夜の飲み会を中心に描いた群像劇であるが、青春群像という点から見れば歴史上数ある傑作に勝るとも劣らない素晴らしい作品だと言えよう。
大阪から京都に向かって車を走らせている大学生たち(田中麗奈、妻夫木聡、伊藤歩)がいる。京都の大学院に進学することになった友人(柏原収史)が、引っ越しをしたというのでお祝いの飲み会に駆けつけるのだ。その車中、田中麗奈と妻夫木聡はカップルで、また妻夫木と伊藤歩は幼なじみという事が漠然と分かってくるのと同時に、この3人が各々に対してそれぞれ特別な感情を抱いている事も最初からそこはかとなく伝わってくる。こんな静かな緊張感をたたえた導入部から一気に観客を魅了していくのだが、物語は同時に、ビルの隙間に挟まって動けなくなった男と、心に傷を負った女子高生が浜辺に打ち上げられた鯨に出会うエピソードを絡めながら、それらの出来事と関連する人間たちの一晩をつぶさに描いていくのである。
『GO』でもそうだったが行定の演出は、その古典的手腕の確かさだけでなく殆ど自主映画的と言っていい愛情が、違和感なく同居しているところに凄味を感じるのである。例えば『ロード・オブ・ザ・リング』などを思えば分かるが、数多くのエピソードのつるべ打ちで濃密に進んでいく3時間を超える大作が、そのテンポとテクニックで時間の長さを感じさせない出来であるのに対し、『きょうのできごと』は全く逆で2時間も満たない映画にも関わらず、たっぷり一晩の長さを感じさせるのだ。何が違うのかというと、ストーリーテリングの映画である『ロード〜』に対し、『きょうのできごと』は人物の映画だからで、監督だけでなく俳優たちから皆が登場人物一人一人をとことん慈しみ愛情を注いで、一晩を練り上げよういう姿勢が、一晩の出来事で一晩の長さを作り上げていくのである。
日本人の日常を淡々と描くといえば普通まず小津安二郎の名前が挙がるし行定もそう述べているのだが、この点に関しては行定は小津と真逆のアプローチであって全く似ていない映画である。だが人物を慈しむことだけで映画を成立させられると心底から信じているものだけが到達できる域に、行定は既に入っていることだけは間違いなく、現在の日本だけでなく世界の映画の中でも比類ない繊細さを獲得しているのである。
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