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銀幕のいぶし銀・第64回 『恋ごころ』('2001・フランス=イタリア=ドイツ合作) ―――――――― ―――――――― ―――――――― 世界三大映画祭のひとつであるカンヌ映画祭で昨年話題になったのは、J=L・ゴダールの新作『愛の世紀』(仮題)とこのJ・リヴェットの『恋ごころ』が揃って出品されたことであった。 フランスの映画史を知るものには、この事はある種の感慨を呼び起こさずにはいられない。両監督ともいわゆるフランス・ヌーヴェルヴァーグを代表する映画作家であり、ヌーヴェルヴァーグと言えば40年近く昔、カンヌ映画祭などの権力的な側面を批判する活動も行ってきたのである。それが新世紀を迎えた最初の映画祭で、現代フランスを代表するかのように華やかにそろい踏み、しかも上映後は感動と賞賛の拍手が嵐のように鳴り響いたとなると、これはもう時代が変わったという以上に、映画のルネッサンス的運動であったヌーヴェルヴァーグが最早成熟を迎え、映画的にますますオープンな存在へと突き進んでいるのだという事実を再確認させられるのだ。 そう改めて考えるとJ・リヴェットも70歳を過ぎているわけだから、当然といえば当然のことなのだ。この監督の映画はどれも、極めて上品でエスプリにあふれ、しかも物語的な興味以上に人間としての大らかな魅力に充ち満ちた作品を生み出し続けてきたわけだから、昨年のカンヌでの絶賛はむしろ観客・批評家の方がようやく映画に追いついたのだ、とすら断言していいと思う。それほどJ・リヴェットの映画は魅惑的である。 そこで今回の新作『恋ごころ』なのだが、ある舞台女優が3年ぶりにパリに戻ってくるところから始まる。パリは、元恋人が住む街であり、その男は今別の恋人と生活している。女優の今の恋人である舞台監督のイタリア男は、長い時間をかけてある失われた戯曲を探しているが、その最中に美しいブロンドの女子大生と巡り合い、イタリア人らしさを発揮して恋心を寄せる。このような調子で6〜7名の女たち・男たちが繰り広げる恋愛と友情のドタバタ騒動を、極めて洗練された上品さでユーモラスに描いた物語なのである。 CGや特殊効果が当然のように使われる昨今の映画に慣れ親しんだ目からすると、この映画に出てくる人物は誰もシンプルで飾らない。しかし登場する誰もが、強烈に人間そのままの魅力を発散する姿を目の当たりにすると、映画において人間を描くというのはまさにこういう事なのだと驚いてしまうのだ。いくら映像的技術が進化しても、この人物達の生の魅力に勝る表現には絶対に到達できないと確信してしまうのである。
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