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銀幕のいぶし銀・第62回 『かあちゃん』(2001・日本) ―――――――― ―――――――― ―――――――― ここ数年、再び精力的に映画を発表し続けているベテラン・市川崑監督だが、今年もまた新作を撮り上げた。現在公開中である『かあちゃん』は通算75作目の監督作になるそうだ。山本周五郎の原作、公私共に名パートナーだった脚本家・和田夏十がシナリオを担当した心温まる人情噺である。 大不況にあえぐ天保時代末期の江戸下町・貧乏長屋が舞台である。気丈な母親(岸恵子)と5人の子供たちがつつましく暮らしているが、「一家総出でケチケチと金を貯め込んでいる」との噂が長屋に立つ。長屋の連中から胡散臭い目で見られていることなど意にも介さず、母親はこまめに内職をし続けるし、子供たちも銘々仕事に精を出している。そして家族は実際お金を貯めているのだが、それには周りの皆に言えない理由がある。長男の友人を更生させるための資金にしようというのである。他人を思いやるかあちゃんの純粋な気持ちに、子供たちも協力を惜しまない。 だがある日、長屋に泥棒が入る。泥棒を見つけたかあちゃんは、逆に泥棒を諭し、盗みを止めさせた揚げ句自分の家族の一員として迎えてしまうのであった。 このように、天使のように心の優しいかあちゃんを演じるのは、岸恵子である。岸恵子といえば日本人離れしたクールな美貌の持ち主で『君の名は』など一世を風靡した女優である。最近フランスから日本に生活の場を移し、現在の年齢になってもますます魅力を増しているが、市川崑作品では『おとうと』('60)『黒い十人の女』('61)『細雪』('83)など、既に何本も息の合ったコンビネーションを見せているのである。そしてこの『かあちゃん』では、何といっても岸恵子の存在感が素晴らしい。貧乏暮らしの上、女手一つで子供を養うかあちゃんの役どころに、あえて美貌の、所帯臭さの全くない岸恵子を持ってきたことで、その清貧さや純粋さにリアリティを与えているのである。このキャスティングは普通は到底考えられないものだが、ここにこの映画における市川崑の演出の決め手が潜んでいるのである。 そして常に映像美を追及する市川演出であるが、今回はカラーフィルムを現像処理で脱色し、モノクロでもカラーでもない、微妙な渋味を持ったグレートーンの映像で全編を統一している。この渋味が、江戸長屋を単に貧乏臭くすることなく、シンプルながらも引き締まった空間に変貌させ、ある種おとぎ話のように映像的リアリティを表現していると言えよう。
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