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銀幕のいぶし銀・第57回 『クレーヴの奥方』('99・ポルトガル=フランス=スペイン合作) ―――――――― ―――――――― ―――――――― 『クレーヴの奥方』といえば、17世紀フランス文学に誇る小説で、過去にもジャン・コクトーらによって映画化されたことがある古典的物語である。貞淑な伯爵夫人が美しい貴公子に出会った途端、恋に落ちてしまいその強い思いを断ちきれないで悩みを深めていく物語だが、今回オリヴェイラは舞台を現代に移し替え、ヨーロッパで人気のロック歌手を恋の貴公子に据えるという、何とも大胆きわまりない翻案に挑戦している。 恋に身を焦がす伯爵夫人に、故マルチェロ・マストロヤンニとカトリーヌ・ドヌーヴの娘、キアラ・マストロヤンニが扮しているのだが、先ずこのキャスティングが非常に素晴らしいのだ。古典的な物語だけに、微妙な心理の変化を繊細に表現することがどうしても必要になってくるのであるが、オリヴェイラ演出はそこを安易に女優の小手先の芝居に頼ったりはしない。芝居ではなく、人物の存在感や視線の強度など、極めて映画的な手法だけで真っ向から勝負していくのであるが、キアラ・マストロヤンニはその要求に見事に応えるだけの存在力の強さで、スクリーンに映えている。同様に、主役に抜擢された本当のロック歌手・ペドロ・アブルニョーザもそうで、彼などは殆ど立っているだけの芝居にも関わらず、恋に揺れる彼女の微妙な心理を受け止めるだけの存在を十二分に発揮するのである。 監督のマノエル・ド・オリヴェイラは、今や92歳にしてコンスタントに新作を撮り続ける世界でも最長老の映画作家である。まさにサイレント時代から映画を作り続けてきた円熟の技術が、この作品でも遺憾なく発揮されていて、物語を大胆に字幕で説明する手法や名場面だけを中心に描いていく鮮やかな演出は、文字通り無声映画のやり方ながらも、アメリカ映画的に全てを描いていく映像描写全盛の現在においては、かえって古典文学の古典性を忠実に活かしているといえる。しかしそれ以上に、「貞淑」や「禁断の恋」など極めて古典的なモチーフを、いかにして現代でリアルに成立させるか、という重要な問題提起を重々承知した上で、しかも性的描写でなく心理描写のみでそれを実現していくのは、これは恐ろしく力技であると言わざるを得ないであろう。スクリーン上にはとにかく視線を伏せがちな女がいて、一方にロックを歌う歌手が舞台にいる、見つめる視線は常にすれ違い、二人の男女が見つめあうことは決してない。この徹底した視線の遊技こそ、映画の最も映画らしい瞬間であり、これは真の巨匠にしか達成しえない映画的喜びなのである。
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