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銀幕のいぶし銀・第56回 『初恋のきた道』監督:チャン・イーモウ ―――――――― ―――――――― ―――――――― 監督デビュー作『紅いコーリャン』でいきなりベルリン映画祭金熊賞(グランプリ)を受賞し、以来世界の映画関係者から熱い注目を浴びる存在になったチャン・イーモウ監督だが、今回の新作は、40年以上昔の中国の寒村を舞台にした純朴な恋愛物語である。都会からやって来た若い学校教師に一途な憧れを抱く可憐な少女の、強い恋愛の思いをストレートに描き出した極めてシンプルなストーリーだ。 この映画はベルリン映画祭で銀熊賞を受賞、昨年の暮れに都内で単館公開されるや、連日劇場は満員状態、記録的なヒットを飛ばしいまだにロードショーが継続しているという、まさに記録づくめの映画になってしまった。 主演の少女チャン・ツィイーは、昨年公開された『グリーン・デスティニー』という隠れた秀作で、チョウ・ユンファを向こうに回して堂々たる演技を披露していたのが印象に残る。この『初恋のきた道』が映画デビュー作だが、この映画はむしろ彼女のためにあるといってもいいくらいなのである。清純派アイドル的な可憐な容姿のうちには、一途な想いが遂げられるまで辛抱強く教師を待ち続ける芯の強さを秘めている。今回の様なシンプルな物語を支えるのは、演出やストーリーテリングではなく、この強烈な情熱を秘めた女優の存在そのものなのであり、チャン・イーモウは監督としてこの女優を愛し存在感を余すことなく引きだすことで、映画の力を存分に高めていったのである。 そのような意味でこの映画は、現在では信じがたいくらいに古典的な映画であるといえよう。そしてこの古典性は、例えば現在の日本映画ではまず殆ど成立しない種類のシンプルさと強じんさを兼ね備えたものであり、それ故この映画は万人の心を捕らえることになるのである。 アジアの映画監督たちでいうと、チャン・イーモウ、チェン・カイコーを始めとするいわゆる中国第5世代の監督達をはじめ、台湾のホウ・シャオシェン、エドワード・ヤン、また香港のウォン・カーウァイなど、自国というよりも世界を股にかけた映画作りを進めている人々に、共通して見られるのはまさにこの映画の古典性だ。彼らは世界中の映画を見て研究し、国境によらず映画そのものに内在する古典性を十分認識している。だから映画の舞台が中国の一地方であろうとも映画自体は世界中に通用するものになる。日本でもこのことにようやく気付きだした人々が、今競って世界を目指している。これこそ日本映画のあり方を変える原動力に違いない。
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