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銀幕のいぶし銀・第54回 『アカシアの道』('2000/ユーロスペース・TBS・PUG POINT) ―――――――― ―――――――― ―――――――― デビュー作の『バタアシ金魚』から、高岡早紀・筒井道隆・東幹久・浅野忠信ら当時の若手俳優で鮮烈な青春群像劇を作り上げた松岡錠司監督は、どの映画も一貫して、人間のナイーブな心にスポットを当てた印象的な心理描写を、生き生きとリアルに描き出すことに定評のある人である。新作としてはおよそ3年ぶりとなるこの『アカシアの道』であるが、母親の介護に直面する若い女性の葛藤・苦しみを通じて、母子が初めて心を通いあわせる美しさを描いた佳作なのである。 映画は母親(渡辺美佐子)の住む団地に、娘(夏川結衣)が帰ってくるところから始まる。どうも母親は最近ボケ始めたらしく、その事が気になる娘はさりげなく母の面倒を見ようとする。母一人子一人で育てられた娘は、過剰な期待と厳格なしつけが高じて心に大きな傷を負い、高校卒業で親元を飛びだしてしまった。母と娘の間に存在する深い溝は、老いたりとはいえ気丈な母親を頑なにさせている。 一方、ボケは容赦なく母親を襲う。アルツハイマー症候群と診断されてからは、過去の娘の記憶が現在と重なって、母親は厳しく娘を攻め続ける。だが同時に徘徊もはじまり、娘を悩ませ翻弄していくのである。 まずは、この母子の関係がシビアなのである。アルツハイマーの母親を演じる渡辺美佐子の迫真の演技もさることながら、母親が娘に冷たい仕打ちを仕掛ける一方、ボケはどうしようもなく進んでいくこのアンバランス、母親の矛盾した状況にギリギリの精神で耐え忍んでいく娘の夏川結衣、さらに二人をとらえるキャメラが、あくまで淡々と事態を誇張なく収めている。松岡作品特有のドライな演出が、事態の深刻さを極めて生々しく描いていくのである。この二人の愛憎交錯する物語は、やがてある少年との出会いによって急速に解放されていく。 娘は、何故あれだけ逃れようとしてきた母親の介護にいそしむのか?まわりの誰も救いの手を差し伸べてくれない状況の中で、孤独で濃密な心理戦を戦いながら娘は気付くのである。それは母親の愛情なのだと。殆ど憎しみにしか映らない母親からの仕打ちの中にこそ愛情がある。だから娘は、あくまで娘として愛情を求めて続けていくのである。そして惚けてしまった母親だからこそ、いっさいの社会的状況から解き放たれ、素直な心の持ち主に変貌していく。二人はその時初めてストレートに母と娘の関係を築くことが出来るようになったのだ。
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