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銀幕のいぶし銀・第51回 『ヤンヤン 夏の思い出』
―――――――― ―――――――― ―――――――― 台湾を代表する世界的な映画監督エドワード・ヤンの最新作であり、2000年度カンヌ国際映画祭で最優秀監督賞を受賞した作品が、いよいよ公開されている。 この邦題とポスターのイメージを見ただけでは、ひと夏の楽しい冒険物語など期待してしまうが、実はシリアスな家族の物語である。40代も半ばを過ぎ、同僚の仕事ぶりに不信感を抱きながら自分の生き方を見直すことになる父親、平凡な日々を過ごしながら淡い初恋に心ときめかせ、しかし挫折を味わう事になる高校生の娘、家族の様子を客観的に見つめ続け、写真に記録する小学生の息子が物語の中心的人物であるが、ノイローゼ気味の母親、その甥っ子夫婦、隣のマンションに住む母と娘、それぞれの学校仲間と友人たち恋人たち、父親の同僚とかつての初恋の女性など、非常に数多くの登場人物と複雑に絡み合ったエピソードが重奏的に構成されていく。この非常に緻密に構築された群像劇は、エドワード・ヤンならではの演出方法で、観客は長い時間をかけて多くの登場人物達を取り巻く世界全体に感情移入していくのである。 初めの方で、主人公家族の中心にいたおばあさんが脳卒中で倒れるエピソードが示される。昏睡状態のおばあさんを快復させるために、家族みんなで休みなく語りかけることになり、家族は順番に自分の思いを語り始める。この映画の中心的主題は、まさにこの「人に率直な思いを告白すること」に集約され、その過程の中で家族は各々、漠然と抱いてきた理想や夢が、現実社会の摩擦の中で歪められ傷ついていくのを体験する。その様子を映画は逐一余さず静謐に描いていくのだが、このあたりの人物描写を例えれば、小津安二郎の映画を微かに思わせるのだ。冒頭繰り広げられる結婚式の騒動から最後のお葬式に至るまで、冠婚葬祭をうまく物語に絡ませる手法も本来小津に多かった物であることもその遠因であろうが、「家族という孤独な関係」の中で自分の心情を吐露するという決定的瞬間、そこに立ち会うという体験を映画的に描くのも小津以来の現代的主題なのである。 主人公家族が各々共通して抱く恋愛感情と希望は、エドワード・ヤンが今までの映画で描き続けてきたモチーフの発展であり、それはつまり純粋性の維持、すなわち社会の中でナイーブな魂を心に抱き続けることの難しさ、なのである。今回家族という関係性が導入されたことで、このことを我々は改めて目の当たりにすることになってしまった。 |