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銀幕のいぶし銀・第50回 『新・仁義なき戦い』
―――――――― ―――――――― ―――――――― 1973年に菅原文太主演で大ヒットを記録した『仁義なき戦い』。仁侠を謳い上げる従来のやくざ映画から、裏切りと謀略に満ちた暴力団社会をドキュメンタリータッチで描く手法が極めて斬新で、その後に続く映画にも大きな影響を与えたシリーズが、スタッフキャストを一新して、およそ25年ぶりに復活したことになる。 大阪の大きな暴力団組織の跡目をめぐって、様々に駆け引きを繰り返す幹部達、その狭間にたって翻弄されながらヤクザとしての自分の生き方に迷う豊川悦司と、その幼なじみで一匹狼として逞しく生きる布袋寅泰の物語である。男達が各々野望をもちながら、金儲けとライバルつぶしにしのぎを削っていく集団劇で、出演者たちが一人ひとりぴったりとはまっていて見事に芝居が構築されていく。その中で、映画は豊川と布袋の、二人の運命的な友情と生き方の差異を際立たせていくのである。 監督は『どついたるねん』で鮮烈なデビューをはたし、藤山直美主演の『顔』の記憶も新しい阪本順治。今まで一貫して男の熱い生き様に執着してきた人ではあるが、彼は 単なるアクション映画ではなくアクションの中にある人間の熱を描くことにその真髄がある。いわゆる東映直系の監督でもないし、実際この企画の話が来たときにはかなり迷った末に引き受けたそうだが、結果としては極めて彼の作品らしい、簡潔ながらも緊張感の持続する引き締まった映画になっている。これはむしろ東映直系の監督ではあり得ない出来栄えであろう。 そこには、単純にシリーズ物の現代版を作るのではなく、巷にあふれるアクションが売りのVシネマに対するアンチテーゼとして、ある明確な意志が介在している。前シリーズのことを良く知っているだけでなく詳細に研究したうえで、文字通り原点に戻って、そもそも仁義など消えうせているかのような現代において「仁義なき戦い」を描くとするなら何が最もリアルに戦いの場所として成立するのか、今の観客に十分通ずる空間性と心理を生みだすことに腐心しているのだ。 その結果として、今回描かれるヤクザの抗争は、形骸化した仁義に支えられた組織構造の裏をかきあう、ある種の政治劇として機能しており、その中で豊川は唯一「仁義」を信じて行動していく人物である。だが豊川は孤立を深めながら、自分の信じていた仁義が、実はただの偶像に過ぎないことを見いだしていく。これこそまさに、阪本順治の発見した現代的な悲劇なのであろう。 |