銀幕のいぶし銀・第20回
『非情の時』('57、イギリス)
監督;ジョセフ・ロージー
出演;マイケル・レッドグレイブ、アン・トッド
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傑作といわれながらも、様々な状況から今まで日本では公開されなかった不遇な作品は多い。近年高まる映画史再評価の動きの中で、こういった作品を今の時点から改めて見直そうという気運が感じ取れるのが、現在公開中の57年度イギリス映画『非情の時』である。
監督のジョセフ・ロージーは、ジャンヌ・モローの『エヴァの匂い』や『唇からナイフ』『暗殺者のメロディ』などを撮った人で、また『恋』がカンヌを受賞したこともある。こういったイメージから彼はヨーロッパ人と思われがちだが、実はそうではない。もともとアメリカ人で、ハリウッドで脚光を浴びながらも、「赤狩り」によって本国を追われたのだ。
「赤狩り」とは、第二次大戦後の'52年ごろにハリウッドで吹き荒れた共産主義排斥運動で、多くの映画人がパージされたが、ジョセフ・ロージーもその一人だったわけである。彼はヨーロッパで高い評価を得る作品を発表しながらも、ついに最後まで本国に戻ることはなかったのである。
こうして彼はイギリスに渡り、しかも変名を使って映画を作り続けた。『非情の時』は、赤狩り以来初めて、本名で撮った作品なのである。これが、彼の複雑な人生観を反映するかのような傑作なのだ。
アル中の父親(マイケル・レッドグレイブ)がいる。その息子は明日、殺人犯として死刑に処せられる。無実を信じてやまない父親が最後の24時間に真犯人を見いだすまでの物語なのだが、これをロージーは、単なる犯人探しの推理ものにすることなく、親子・恋人・家族を軸にした人間関係の深い葛藤のドラマに仕立て上げてしまっている。明日に処刑を迎えた息子は、父親のアル中を決して許さず、父親のせいで自分の人生が大きく狂ったと、深く諦念している。その様子に驚かされた父親は、初めて自分の生き方を振り返るのだ。事件に関わる成り金の家族も、自らの虚栄のために事件を隠ぺいしようとする。それで父親は、非常な徒労感と虚脱に襲われるのである。
ハリウッドを追われたとき、ロージーは息子をアメリカに置いていったのだが、息子と彼の確執は相当なものだったらしい。人間不信に捕らわれる劇中の父親の絶望は、そのままロージーその人のものなのかもしれない。まもなく公開される映画作家ロージーに迫るドキュメンタリー(『ジョセフ・ロージー/4つの名を持つ男』、監督は『リング』の中田秀夫)が、その核心をつぶさに描くものであろう。
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