銀幕のいぶし銀・第127回
『監督・ばんざい!』
(2007年・104分)
監督・脚本・編集:北野武
出演:ビートたけし、江守徹、岸本加世子、鈴木杏、吉行和子、宝田明、藤田弓子、内田有紀、木村佳乃、松坂慶子
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『TAKESHIS'』ではタレントとしての自分を破壊する事に情熱を注いでいた北野武だが、今度は映画監督としての自分を破壊する試みにでたのがこの新作『監督・ばんざい!』といえる。自身を破壊しようという点では明らかに『TAKESHIS'』とテーマを共有する新作ではあるが、今回は実にあっけらかんと、極めて分かりやすいバカバカしさを伴った絶対主義的コメディを打ち出してきたのが、やはり映画監督としての比類なき才能を感じさせる驚異的作品であるといえよう。
主人公である映画監督キタノ・タケシは自分の得意とするギャング映画を封印し次回作に取りかかるのだが、今映画界でヒットしているジャンルの作風をアレンジして撮影に入ってみても、何かしら笑えるようなトラブルが必ず起こり撮影が中断してしまう。そんななか監督はある閃きから一本の映画を導き出す。それはたくましく生きる詐欺師の母子の物語だが、とある大金持ちのボンボン息子と秘書である実直な青年を取り違えるところから思わぬ人生が切り開けていくというような話である。だがそれも話半ばにして意外な展開へと転がっていくのだ。
そもそも映画監督が映画を作る物語という時点で、ゴダールやオリヴェイラなど偉大な監督の系譜に連なる特権的テーマと言えるのだが、それを北野武がやるとこうなる、というお手本のような作品なのである。「小津風人情劇」「昭和30年代映画」「ホラー」「ラブストーリー」など,北野武が実際に撮ろうと思った事のあるモチーフを生かし自分自身の姿と重ね合わせていく手法で秀逸なのは、自分の分身ともいえる等身大の人形が常に登場し、何かと都合悪くなったときはその人形が身代わりの役目を果たしていくというアイデアであろう。『TAKESHIS'』では有名タレントと売れない役者の一人二役を自分が演じ分けたが故に、物語上でもどこか痛々しさを伴わざるを得ないビートたけしが、分身人形という存在のおかげで、首つりしようが身投げしようが、あっけらかんと「生き続ける」ことを可能にしているのである。そして徹底したスラップスティック・ギャグのオンパレードであるが、これもチャップリンやジャック・タチに匹敵する映画的コメディの系譜でありながら、絶対に「洗練」なぞさせないという強力な意思を感じさせるギャグで、『TAKESHIS'』とは打って変わったポジティブな映画なのである。
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