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改訂 1997/12/8
移設 1999/4/29

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銀幕のいぶし銀・第121回

『麦の穂をゆらす風』

(2006年・アイルランド=イギリス=ドイツ=イタリア=スペイン・126分)

監督:ケン・ローチ
出演:キリアン・マーフィー、ポードリック・ディレーニー、リーアム・カニンガム

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 今年度のカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞したイギリスの巨匠ケン・ローチの新作がいよいよ日本公開となる。ケン・ローチと言えば古くは『ケス』や『レイニング・ストーンズ』、最近では『SWEET SIXTEEN』など、ドキュメンタリー的手法と骨太な物語性を融合させ、常に市井の人々の厳しい暮らしや葛藤に視線を送り続ける独特のスタイルで自らの地位を築き上げてきた監督であるが、意外にもカンヌ映画祭の最高賞パルム・ドールを受賞したのは今回が初めてなのであった。しかも今回は、1920年代のアイルランド独立戦争から内戦に至る激動の歴史を背景に、自由を求めて戦う市民の物語であると聞けば、これはもう傑作『大地と自由』や『カルラの歌』を思い起こさぬ訳にはいかず、そういう観点からもこの秋のイーストウッドの『父親たちの星条旗』に並ぶ注目作品となる。


 何やら見慣れぬスポーツに興じる若者たちの様子が、寒々しい曇り空の下で繰り広げられている映画の冒頭からしてケン・ローチらしく、しかもそれがイギリス支配下のアイルランドで禁じられているものだという理由によって、イギリス部隊に徹底的に侮辱され制裁を受けるのだが、その凄惨さ・理不尽さをあくまで冷静に捕らえ続けるキャメラの客観性こそがケン・ローチの真骨頂と言えよう。このたった2つの冒頭シークエンスだけで、アイルランドの厳しい歴史背景や物語のバックボーンを観客に暴力的に分からしめてしまう演出手腕は、いわゆる舞台劇の映像化などとは似て非なる映画らしい力である。


 純粋に自由を希求する主人公のキリアン・マーフィーは素晴らしいのだが、この映画に登場する人物たちはおしなべて「芝居」を超えた何かに取り付かれているように、人間らしい生々しい感情を体現化しているのが驚異的ですらある。キリアン・マーフィーは、独立を宣言するアイルランドにあって政治で登り詰めようとする兄に反発し、自ら理想の国を作るためIRAに身を投じていくのだが、そこでもケン・ローチの視線は、この兄弟のどちらが正しくどちらが間違っているなどというレベルではなく、人間と人間のぶつかり合いとして、どうしようもなく対立せざるを得ない兄弟の悲劇を、これまた冷静に浮かび上がらせていくのである。アイルランドの一地方で起こった民衆の群像劇を描ききることで、国・自由・政治などという大テーマまで貫いていこうとするケン・ローチのこの揺るぎなさには脱帽するほかはない。





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