銀幕のいぶし銀・第118回
『グエムル 漢江(ハンガン)の怪物』
(2006年・韓国・120分)
監督:ポン・ジュノ
出演:ソン・ガンホ、ピョン・ヒボン、パク・ヘイル、ペ・ドゥナ
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『ほえる犬は噛まない』それに続く『殺人の追憶』の2作品で、その圧倒的なストーリーテリングの才能が世界で認められ、今最も期待されている監督の一人、ポン・ジュノの3年ぶりの新作は何と怪獣映画である。韓国では公開初日の観客動員記録を塗り替える大ヒットとなった作品だが、主演には『殺人の追憶』に引き続き韓国の大スター、ソン・ガンホがちょっと間の抜けた父親役を実に魅力的に演じ、『ほえる犬は噛まない』で味のあるユーモラスなキャラクターを演じたピョン・ヒボンとペ・ドゥナが今度は怪獣相手に大活躍するのだ。
ソウル市街の中心部を流れる大きな河・漢江に突如巨大な人食い怪物が現れるのである。平和な川岸が一転してパニック状態になり、河原で売店を営んでいるソン・ガンホの愛娘が怪物に連れさらわれる。このテンポ良い導入部は、力強いストーリーテリング・ユーモア・華麗なワンシーンワンカットの演出の技が織りなす説得力に思わず魅了されてしまう素晴らしい荒唐無稽さで、一旦こうなったらポン・ジュノ節の十八番であるオフビートな物語展開が冴える。まるでヒッチコックの映画よろしくソン・ガンホたち生き残った家族は周囲から孤立する羽目になり、警察や軍から追われる立場になりながらも愛娘を助けるべくサスペンスに溢れた展開が続いていくのだ。
怪獣映画というのは典型的なジャンル映画の一つであり、突然未知の生物が人間を理不尽に襲うという形式の映画としては、近年も『宇宙戦争』や『サイン』などの優れた作品が存在しているが、ポン・ジュノはこの作品においてジャンル映画の決まり事を十分すぎるほど熟知していることが伺える。危機に陥った登場人物がとっさの機転で辛くも逃げ切るという演出はサスペンスの基本の一つであり、古典的な映画のストーリーテリングはこのような意味でのサスペンスの連続によって成り立っているのである。また彼独特の反骨精神ー権威・権力をからかったりするだけでなく、彼らを物語のポイントにうまく利用する、それもまたサスペンスの要素である。つまり恐ろしいのは怪獣ではなく実は人間の方であり、今回の映画の底辺にも常にその精神が宿っているが故に、ただの破天荒な話が説得力ある荒唐無稽さを持ってくるのである。現在においてこれほど見事な演出力を持つ監督は、本当に世界中でも数えるほどしかいないのであり、それほどの力を持つ監督をしっかり支える韓国映画界は驚くべき底力を秘めていると感じざるを得ない。またそんな映画がしっかり大ヒットとなっている韓国の客層の映画を見る目の高さも、最早日本からも羨ましく感じてしまうばかりである。
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