銀幕のいぶし銀・第116回
『間宮兄弟』
(2006年・『間宮兄弟』製作委員会・119分)
脚本・監督:森田芳光
出演:佐々木蔵之介、塚地武雅(ドランクドラゴン)、常盤貴子、沢尻エリカ、北川景子
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『かもめ食堂』などはまさにそうだが、30代の女性を中心ターゲットに全国100館規模のミニチェーンで封切られる日本映画に、今年はヒット作が多いのである。この『間宮兄弟』もいざふたを開けてみると女性を中心に支持を集め、ヒットを記録することになったのだが、こういった映画は例えば「スローライフ」だとか「昭和レトロ」などというキーワードで語られがちである。確かにそういう側面はあるにせよ、この『間宮兄弟』は監督森田芳光ということもあって、映画としての内実が実にしっかりした見応えのある傑作なのである。
純情・真面目で思いやりがあるが、異性に対してやや奥手でオタッキーな性格の持ち主である仲良し兄弟(佐々木蔵之介・塚地武雅)の日常生活を丹念に描いた物語である。子供のように好奇心旺盛な二人は自分たちの世界を中心に楽しく暮らしているが、小学校の先生(常盤貴子)やレンタルビデオ屋のバイトの女の子(沢尻エリカ)に淡い恋心を抱き、自宅でパーティーを開いたりして何とか仲良くなろうとする。その朴訥さ具合が何ともおかしいのだが、実は常磐も沢尻も、各々仕事に悩みを持っていたり恋人との仲がギクシャクするなど問題を抱えている。しかしそんなことなど露知らない兄弟は、持ち前の天真爛漫さで彼女たちの心を癒していくのである。
いわゆる「おたく」という言葉が出現する以前からそのような性質を持つ男子は存在していたのだが、この映画の狙い目はまさにそういう純朴でナイーブな面を持つ青春時代を過ごしてきた30代以上の男女に向けられている。ちなみにそれは『世界の中心で愛を叫ぶ』世代でもある。そんな心を持った大人を描く時、森田芳光の繊細な演出は異彩を放つ。古くは『家族ゲーム』の頃から観客をうならせた細部への徹底したこだわりが、この『間宮兄弟』でも久しぶりに炸裂しているのだ。まず美術に関する部分だけでも、壁一面の本棚から僅かに見える洗濯機、ベランダの向かいのマンション、部屋の片隅につってあるペーパープレーンにいたるまで、本当に細かいところまで徹底して計算されているのがよく分かる。最近大作が続いた森田芳光だけに、今回の規模の作品で逆に伸び伸びとした気分が伝わってくるのだ。確かに物語自体がひたすら細部を掘り起こしていくような話ではあるが、ある誇張された人物世界が圧倒的にリアリティを持ってくるのは森田芳光独特の完全主義のなせる技といえよう。実は森田芳光は台本の台詞も一字一句変えさせない、小津安二郎にも匹敵する程の完全主義者なのだ。ここまで緻密におかしな世界を積み重ね、物語を築き上げていく過程をつぶさに見ていると、実にジャック・タチの一連の「僕のおじさん」シリーズにまで通じる、純粋な境地を見出していってしまうのである。
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