銀幕のいぶし銀・第105回
『宇宙戦争』
(2005年・アメリカ)
監督:スティーヴン・スピルバーグ
出演:トム・クルーズ、ダコタ・ファニング、ティム・ロビンス
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SF超大作が目白押しのこの夏の映画興行にあって、『スターウォーズ・エピソード3』に先行して公開が始まった『宇宙戦争』である。S・スピルバーグ監督、T・クルーズ主演というカップリング、H・G・ウェルズの古典的原作、などという部分要素以外は殆ど内容が流れることもなく、期待感をあおった上いきなり全世界同時公開で一気に集客を計ろうという作戦は今のところうまくいっているようで、上々の客足を見せているようである。当欄でも再三取り上げているようにプロデューサーとしてのトム・クルーズの才覚にはいつも驚かされてしまうのだが、今回は更にスピルバーグという、別の意味でプロデューサー的才覚を持った監督とコンビを組むことで、競合の激しい今夏興行のなかで手堅い位置を占めるのは間違いないであろう。
この映画で宇宙人が出る前にまず驚かされるのが今回のT・クルーズで、メカマニアで家族に愛想を尽かされたしがない港湾労働者なのである。ここまで庶民的な平凡な役どころをT・クルーズが演じるのはかなり珍しいと思われるが、今まであまり見たことのないT・クルーズのこのような側面を掘り起こしたスピルバーグの演出的冴えは、例えば開巻直後に、非常な手さばきの良さで港湾のクレーンを操作するクルーズのマニアックに集中した挙動を捕らえるキャメラワークだけで、十分堪能することが出来る。引き続いてクルーズの冷え切った家族関係を実に端的に紹介していくスピルバーグの職人的演出に、映画が量産されていた頃の職人監督たちの演出的「技」の系譜を見るようで、この冒頭だけで「映画らしい映画」を見ているという充足感に溢れているのである。このように様々な形で「映画らしさ」を引き出そうとするのは、プロデューサーとしてのトム・クルーズの常であり、それに応える職人監督スピルバーグもまた、自分の映画が映画史のなかに占める位置を熟知する監督なのである。
正体も分からず目的も分からない宇宙人がただひたすら人間を殺戮していき、街がパニック状態になるという物語に、おそらくテロリズムや戦争の寓話を見出す人は多いだろうが、実は今回スピルバーグがやっているのはそんな理性的な地平ではなく、ただ単純に地獄絵巻を展開する、いわば血の出ないスプラッタ映画のような悪夢を、テンポ良くたたみかける事に尽きる。そしてパニック状態に陥った一般大衆のなかに巻き起こる人間同士の醜さでストーリーを運んでいくのである。これはまさに現代における地獄絵図といえよう。
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