('84年、台湾、98分)
監督;侯孝賢(ホウ・シャオシェン)
原作、脚本;朱天文(チュー・ティエンウェン)
出演;王啓光(ワン・チークァン)、古軍(グー・ジュン)、楊徳昌(エドワード・ヤン)(音楽も)
ナント三大陸映画祭グランプリ
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近年世界的な評価が高まっているアジア映画であるが、その火付け役となった台湾ニューウェイブを、楊徳昌(エドワード・ヤン)と共に担っているのが侯孝賢(ホウ・シャオシェン)だ。この映画は、今や世界で最も注目される映画作家の一人である彼が84年に撮った、少年時代の透明なすがすがしさを放つ傑作である。
トントンは小学6年生。夏休みの間、入院している母親の元を離れ、幼い妹と共におじいさんの家で暮らすことになった。都会の台北を離れ、自然に囲まれたユートピア的田舎町での出来事も一つ一つが新鮮で、夏の光を浴びた素朴な子供たち・大人たちの巻き起こす様々なエピソードが、純粋な宝石のようにきらきらと輝いている。よく磨かれ黒光りする廊下を滑って遊んでいると、厳格なおじいさんが怖い顔をして睨んでいたりするといった、ほんのちょっとした仕草が、誰にでもありそうな子供の頃の思い出と重なって、トントンらの繰り広げる騒動には思わず共感を呼んでしまうだろう。
侯孝賢の映画は独特のスタイルを持っているが、この映画でも長回しカットとローアングル・フィックスの構図の無色透明な純粋状態のキャメラが、自然の美しさや人間の姿をありのままにリアルにとらえていく。侯孝賢は常に撮影現場の「気」を重視すると言われているが、例えば幼い妹がふっと視界から消えたときの一瞬の嫌な空気、次の瞬間列車に引かれそうになるところを間一髪救われるのだが、この瞬間の緊張が見事に生々しくスクリーンに定着しているのが素晴らしい。牧歌的空間は常に張り詰めた緊張を孕んでいるのである。
歴史的にも日本文化の多くが台湾に定着しているためか、不思議と台湾映画は日本人に親しみやすいが、中でもこの映画が特にそうなのは音楽の使い方によるところも大きいだろう。冒頭の卒業式で流れる「仰げば尊し」、またラストの「赤とんぼ」がノスタルジックな叙情を醸し出すのである。今の日本には最早ありえないこの懐かしさは、ある意味で日本以上に日本的な文化的土壌が残っている台湾の一面を表している。それと同調するかのように侯孝賢の映画ではおじいさんが必ず重要な役割を担い、今回も大いなる存在感で登場人物を見守っているおじいさんは元日本軍の軍医という役どころであった。侯孝賢はこの後『非情城市』『戯夢人生』などの映画で、台湾の過去とおじいさんについてさらに深く語ることになるのである。
1997年 7月 22日