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改訂 1997/12/8
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銀幕のいぶし銀・第96回

『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』

(2004年、アメリカ)

監督:エロール・モリス
出演:ロバート・S・マクナマラ

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今年のアメリカ映画は『華氏911』を筆頭にドキュメンタリーの当たり年であるといえ、例年にもまして粒ぞろいの作品が並ぶのであるが、またここに興味深いドキュメンタリーが封切られた。ケネディ・ジョンソン両大統領のもと、東西冷戦時代のアメリカ国防長官を勤め上げたエリート官僚のロバート・マクナマラが、当時の政治情勢と政策を振り返り、特にキューバ危機・太平洋戦争・ベトナム戦争について徹底的に語るロング・インタビューである。


この作品は『華氏911』を押さえ今年度のアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門を見事受賞しているが、それは東西冷戦がアメリカ国民に与えた影響の大きさ故に未だ大きな関心事であり続けているというだけでなく、冷戦という政治的には最もホットな時代の渦中で文字通り一国の運命を左右する重大局面を懸命に乗り切ろうとした男が、当時の未曽有の状況をどのように捉えて判断したか、大統領を含めた周りの反応はどうだったか、マクナマラ本人の独特な価値観まで絡めてかなり克明に人間性をさらけ出した作品になっているからである。


統計学などを専攻しフォードの社長も務めたほどのマクナマラだが、彼の優秀さは映画の冒頭から端的に現れている。おそらく何日かに分けて撮影したと思われるインタビューを始める前に、前回喋ったことは正確に覚えているからその続きから話し始めると断言する短い挿話があるが、これこそ彼の非凡さを如実に示していると同時に、彼の徹底した合理主義思考、つまり仕事はどんなものであれ一切の情をまじえず、最小の努力で最大限の効果を得るべき、というエリート思考の側面をしめす。彼が国防長官時代には賛否両論の評価を受けた上に、戦争屋とまで揶揄されたエピソードも紹介されるが、彼の持ち合わせる合理主義的価値観が時に冷酷な事態を巻き起こすのも十分納得できる。太平洋戦争当時彼は陸軍にいて日本の本土空襲をシミュレーションし、空爆の量と街の破壊される関係から作戦立案の一翼を担ったというが、そんな彼が当時を述懐して、戦争にルールはない、だが太平洋戦争は勝利という目的を遙かに超える破壊をもたらしそこが重大な問題である、そのことで我々が裁かれないのは単に我々が勝利したからだ、などと傲慢でも何でもなくただ首尾一貫した客観性で語られてしまうところに、普段の我々から想像も及ばない政治トップの視点・エリートの視点が見えてくるのである。


この告白の圧倒的なリアリティは、キューバ危機そしてベトナム戦争への自己批判・自己弁明にとどまらず、現在のイラクを巡る情勢などにも大変示唆的である。さらに85歳を過ぎた現在の方が、国防長官時代の映像より遙かに元気で饒舌であるというのが極めて印象的なのである。





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