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改訂 1997/12/8
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銀幕のいぶし銀・第52回

『回路』

('2001/大映・日本テレビ・博報堂・IMAGICA)
監督:黒沢清
出演:加藤春彦・麻生久美子・小雪・役所広司

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 97年の『CURE キュア』でホラー映画を人間存在の根源的恐怖にまで深めることに成功し、その後『ニンゲン合格』『カリスマ』などで世界の注目を集める映画監督が黒沢清である。彼の最新作が久々に全国規模のロードショーで公開されるのだ。

 優れた映画監督は大きく2通りあって、一つは人物を中心に映画世界を膨らませ完成していくタイプ、もう一つは映画世界を完全に構築したところに人物を放り込んでいくタイプである。黒沢清は日本では珍しく後者であり、最近の映画では、人間にまつわる根源的な問い〜孤独とコミュニケーション、人の存在と死、その境界領域〜を大きなモチーフにしながら物語を展開していき、一作一作ごとにその考察を深めているのが理解できる。

 今回の『回路』も例外ではなく、インターネットというメディアの匿名性、つまり人と人のコミュニケーションの場となるにも関わらずこちら側からは相手の実在が確認できないという特性〜にアイデアを見いだし、人間の生と死の狭間に立つ幽霊や魂はインターネット上にこそ実在しうる、という空想をもとに構築されたフィクションの世界を精密に生みだしている。映画に登場する人物たちは、インターネットに吸い寄せられ結果死に魅入られる孤独を抱えた人々である。主人公の大学生(加藤春彦)と花屋の店員(麻生久美子)の周りで怪死事件が次々発生する。二人は事件に巻き込まれながらも、インターネットの真実に気づき、そこから仲間達を助けようと孤軍奮闘する。

 この映画のフィクション世界がじつに精密なのは、人間のアクション、文字通り一つ一つ手足の動かし方が、異様に生々しく迫ってくることなのだ。映画の最も基本的なカラクリを存分に発揮する演出手法が黒沢清映画の醍醐味だが、暗やみから人が現れ消えていくような、あえて見せないことでその異様な存在感を強調する演出に加え、今回はスペシャルエフェクトを完全に使いこなし、幽霊の生々しい動きとそれに反比例する存在感の薄さを画面に収めきっている。

 主人公たちがインターネットの真実に気づいた途端、世界の様相は一変し、生者と死者の境界が混沌となっていく様を目のあたりにしてしまう。これはかなりどうしようも無いレベルの絶望的状況であって、今まではこの段階で不穏な結末を迎えたものだった。だが今回の『回路』が画期的なのは、主人公がその先の希望にまで手が届いたのである。この映画で黒沢清はまた一歩前進したと言えるだろう。




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