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改訂 1997/12/8
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「銀幕のいぶし銀」第5回

『冬の猿』('62年、仏、102分)

  監督;アンリ・ヴェルヌイユ
  出演;ジャン・ギャバン、ジャン=ポール・ベルモンド

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 ジャン・ギャバン没後20年にちなんで、日本未公開だった彼の主演作が上映されている。アンリ・ヴェルヌイユ監督の『冬の猿』('62)である。

 共演はジャン=ポール・ベルモンド。いうまでもなく『勝手にしやがれ』『気狂いピエロ』など初期のヌーヴェル・ヴァーグを代表する俳優で、当時のフランスではアラン・ドロンと人気を二分した若手トップスターである。この映画は若手とベテランのがっぷり四つに組んだ演技が最大の見どころだ。

 冬の寒いノルマンディの、単調な毎日をただ繰り返しているような小さな町。J・ギャバン扮するアルベールは地味にホテルを経営する偏屈おやじだが、そこに J=P・ベルモンド扮する若い男が(といっても娘もいるくらいだが)ふらりと現れる。この男、酒に溺れて騒ぎたてたりしては何かと村人に迷惑をかけ、あっという間に皆の鼻つまみになってしまうのだが、ただ一人アルベールだけはこの男の内面の苦しみを感じ親近感を抱くようになる。

 前回も書いたように、J・ギャバンは50年代半ば以降は若手の活躍を見守るような老人の役が多くなり、映画の中だけでなく実生活でも若手俳優と深いつき合いを持つようになる。大ヒットした『現金に手を出すな』のリノ・ヴァンチュラ(のちに『冒険者たち』で有名に)とはまるで先輩と後輩のようだったし、『暗殺のメロディ』『暗黒街のふたり』のアラン・ドロンは、J・ギャバンの葬儀の際に葬列の先陣を切る位だった。「俳優はただの一芸人」との姿勢を死ぬまで貫き通したJ・ギャバンだけに、自分が築いてきた映画界での位置、すなわちスクリーン上の空間を継ぐべき、新しい世代に花を持たせようとしたのかもしれない。

 実際映画でJ・ギャバンは「お前は俺の若い頃にそっくりだ」とベルモンドに語る。これは台本にもなかったものをJ・ギャバンが自ら付け加えたのだという。そしてクライマックス、ふたりは夜を徹して飲み明かし大騒ぎした挙げ句、別れて暮らしていた娘をJ=P・ベルモンドが引き取り、J・ギャバンと別れる列車の中、ギャバンはその少女に戦争中の話を語って聞かせる。中国では冬に迷い猿が山から下りてきて、人々はそれを丁重にもてなす、といったエピソードを、まるでお伽話を孫娘にするように、淡々と聞かせて彼は列車を降りる。「そして老人は長い冬を迎えた……」という字幕で映画は終わるのだが、その時ベンチに腰掛けているJ・ギャバンの姿がまさに枯淡の境地で、演技の職人芸の極北なのである。

 なおこの映画は東京でのロードショウに続いて3月からは大阪での公開が予定されている。

                      97/01/31






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