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改訂 1997/12/8
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銀幕のいぶし銀・第47回


『スイート・スイート・ゴースト』

(2000/日本)
監督・脚本:芳田秀明
出演:大地泰仁、金子統昭、中島ちあき

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 大作話題作の続いた夏興行も一段落つき秋に入ると、小粒ながらしみじみ映画らしい作品群がやってくる。この『スイート・スイート・ゴースト』はそんな文脈の中で公開されるが、この作品に限っては状況と関係なく圧倒的に良心的かつ野心的な作品といえるのである。


 長崎は佐世保の先に浮かぶ小さな島を舞台に、高校生たちの夏の出来事を中心にした群像劇である。退屈をもてあましている二人の男子高校生の前に、東京から不思議な女の子がやってくるのだが、物語はこの3人のかすかな恋愛的エピソードを軸に、彼らの両親達や周りの愛すべき人々のエピソードを織り交ぜて描かれていく。


 一見すると典型的な甘く切ない青春群像ストーリーを期待してしまうのだが、そんな甘い期待は映画を観ていくうちに吹っ飛ばされてしまう。映画に現れる「退屈な日常」はまさに日常そのものとして、さりげなくしかし確実に、あらゆる劇的な要素が排除されているのである。ドキュメンタリータッチということでなく、まるでこの退屈さを映画を通じて体験せよと言っているかのようにのっぺりとしているのである。何の変哲もない人々が、何ということもない出来事を巻き起こしていく、その様子を本当に何ということなく画面に放り出していき、安易な感情移入を徹底的に排する。そしてこのような表現を意識的に繰り返すこの映画の真意はどこにあるのか、観客に容易には掴ませないのである。近年珍しく、気安く観ることを許さない緊張感の溢れる映画であり、ここに監督の大胆な挑戦というか野心的としか言い様のない狙いが見て取れる。


 その核心を推察するに、この映画はあらゆる人の愛情の流れを軸にした、いわば人間くさい部分を物語の中核に据えているにも関わらず、感情移入を極めて慎重に避け続ける事によって、どこまでも映画的な物語を出来るだけ精緻に構築しようという試みであり、人物とキャメラの間にある絶対的な距離を常に冷静に意識させ続けるところが、今までになく革新的なのである。その事によって観客も映画との距離を意識し、その距離そのものに段々映画の焦点が定まってくる。

 そしてその核心はクライマックスで全開する。まだ見ぬ人のために詳しくは書かないが、クライマックスのマジックショーで高校生男女の恋愛的感情が、極めて映画的なスペクタクルの中で昇華される。クライマックスで観客は初めて映画全体の狙いにはまって恐ろしく感動を覚えるのである。監督はこれが第1回作品だが、このような志の高い作品は初監督作品ならではの素晴らしさである。




[ 銀幕のいぶし銀:目次 ]

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