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改訂 1997/12/8
移設 1999/4/29

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銀幕のいぶし銀・第43回

「スペース・トラベラーズ」

('2000/フジテレビ=東映=ROBOT)

監督:本広克行
出演:金城武、深津絵里、渡辺謙、大杉漣、ガッツ石松、濱田雅行

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 昨年度の大ヒット映画「踊る大捜査線」の監督が放つ新作は、最近には珍しく、舞台の映画化である。銀行強盗で大金をせしめるはずが、銀行員や警察に勘違いされ続ける3人組の若者。さらに人質の中に元テロリストがいたことから、実体を遙かに越えたとんでもない大事件という報道だけが一人歩きしていく。他方若者と人質達の間には奇妙な連帯が生まれ、各々の現状に不満を抱く一同が仲間になり警察に一杯食わせる……というシチュエーション・コメディ仕立ての群像劇である。

 金城武、深津絵里、濱田雅行などというキャスト陣はフジテレビならではのもので、普通の映画ではかえってこういうキャスティングはあり得ないものだ。それに物語の展開や人物設定もいわゆる「お定まり」のパターンを踏襲しているのだが、これは演出・脚本の能力が不足しているからではなく、むしろそこにこそ狙いが見て取れるのである。前作「踊る大捜査線」は特にそうだが、これらの映画の中で展開される娯楽性は、ある意味普通のテレビ以上にテレビ的なのである。

 つまり物語を説明するのに、芝居や演出でなく全て台詞でやってのけること。人物のあらゆる感情は言語化され、設定はすべて記号的に消化される。そしてあらゆる観客がどの瞬間をとっても全面的な理解を得ることが出来、安心して物語を見続けられるであろう。テレビにおける表現の核心とはこのようなものであり、「踊る大捜査線」では極めて自覚的に、徹底したテレビ的作りを貫いた結果ヒットしたわけだが、これはテレビドラマの映画化という長年の課題に決定打を放ったことだともいえる。

 普段我々の生活ではテレビ・映画・ビデオなどと分けて認識しがちだが、表現媒体としての映像メディアという観点では各々が一つのバリエーションなのであり、様々な映像メディアがひしめき合う中で、今殆どの人が最も親しんでいるのはテレビ番組なのだから、メディアによらずテレビドラマ的に作ることはある意味一番の安全策なのである。ただ今回のように、テレビの人がここまで過剰にテレビ的要素を見せつける、という事態は恐らくかつてなかったことで、これは逆説的には、インターネットやゲームなどという新興メディアが、ブラウン管におけるテレビ支配の絶対性を揺るがしている現状を証明することにはならないか。そうした時再び、映画のスクリーンこそが絶対的なものとして屹立すると思えてくるのである。







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