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改訂 1997/12/8
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銀幕のいぶし銀・第28回

『まひるのほし』

('98・シグロ)
監督:佐藤真

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 佐藤真監督といえば、公害で汚染された川に住む老人たちの日常をユーモアを交えて描いたデビュー作『阿賀に生きる』で高い評価を得た人である。この最新作は知的障害者のアート活動を丹念に追いかけたドキュメンタリーだ。

 といっても映画のモチーフは、これらアート作品をことさら賞賛することでもなければ、「第二の山下清」を見いだすことでもない。むしろ彼らの生活に密着することで、普段知ることの出来ない彼らの生な言葉、彼らの考えや行動を解き明かしていくことに勢力が注がれている。例えば、一見すると何だか判らない焼き物を作り続ける初老のアーティストがいる。彼の説明を聞いてもまだ判らないのだが、それが彼自身の日常を映画を通じて追いかけていくと、彼の中での体系だった「わからなさ」がそこはかとなく見えてくる。「わからなさ」を含めて彼自身と彼の作品であることが理解できるようになってくるのだ。

 この目の付け所はさすが佐藤真なのだが、被写体となったアーティストたちの醸し出す、何ともユーモラスな言動には思わず笑いを誘われるのである。前作で阿賀野川の老人たちをとらえたときの視線と同じ、この気負いのなさこそ、佐藤真映画の神髄であり、単なるドキュメンタリーの枠を越えたエンターテイメント映画として一般に開かれたものなのである。

 例えば映画のなかで、とにかく若い女性が好きなアーティストがいる。女子高生と話したい、あの女の子のミニスカートがいい、などと常に女性の事で頭が一杯な彼は、そのあまりにストレートな言動こそ笑いを誘うようなものだが、彼の女性への一念が生み出すコラージュ作品は、芸術的評価は別にしてもまさしくストレートに圧倒的なのである。しかもそこに、普通の女好きではあり得ない彼独特の曼陀羅的世界観が繰り広げられている。この一念は「純粋」と言わずして何であろう。

 この映画に登場するアーティストたちは皆尋常ではない集中力で作品に挑んでいくのだが、彼らに共通するのはこの「純粋」さではないだろうか。先の焼き物アーティストが開いた個展で、ふと、可愛い女の子がやってくる。そのとき彼はもう見るからに緊張して、まるで一目惚れしたかのようにナーバスになってしまう。そして言葉少なに自己紹介して、彼のお手製の文鎮をプレゼントするのだが、そのときの彼のナイーブな仕草は、チャップリンの『街の灯』を思わせるような、これ以上ない素晴らしい瞬間である。映画のクライマックスにこんな瞬間を持ってくる佐藤真はやはりただならぬ才能の持ち主なのだ。

 なおこの映画は現在東京でロードショウ公開されているが、2月より順次全国公開される予定。




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