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銀幕のいぶし銀・第124回

『ユメ十夜』

(2006年・110分)

監督:実相寺昭雄、市川崑、清水崇、清水厚、豊島圭介、松尾スズキ、天野喜孝・河原真明、山下敦弘、西川美和、山口雄大
出演:小泉今日子、香椎由宇、阿部サダヲ、山本耕史、松山ケンイチ

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 昨年の日本映画は、とうとう20年ぶりに外国映画を興収で上回ったという嬉しいニュースが舞い込んだ。日本映画の好調さを象徴する出来事の一つが邦画大作のヒットであり、その方向性を代表する作品が先月紹介した『どろろ』であるとするなら、今回紹介する『ユメ十夜』は、今の日本映画界の熟成ぶりを如実に象徴する作品であると言える。


 夏目漱石の夢幻的な短編集として有名な「夢十夜」を、100年後の今日、自由な映像表現で思う存分映画化してしまおうという野心的な試みに、大ベテラン市川崑からジャパニーズホラーの名手清水崇、若手注目株の山下敦弘・西川美和などかなり思い切った監督たちを集めて、全く自由自在な映像スタンスで挑んでいくという体制自体に大いなる大胆不敵さを感じさせる。原作自体もかなりイメージ中心の話である上に、どの監督も鋭い映像表現を得意とする人たちなので、結果ホラーありアニメありと、映像的に極めて濃密なオムニバス映画に仕上がっているのだ。


 確かに数年前、オムニバススタイルの映画が流行した時期があった。短編で見やすいストーリーと、今風の映像的な面白さを重視できるスタイルがうけたのだろうが、その流れのなかでいわゆるCM畑の監督が映画の世界でも活躍するようになり、映画の表現も進化している。しかし今回の『ユメ十夜』で集まった10人の監督は、ベテランから若手まで幅広い人選だとはいえ基本的に映画プロパーの世界に軸足をおいて活躍する面々であり、表現の有り様がいずれも極めて映画的な手法に関わっている。具体的にいうと市川崑の作品も山下敦弘の作品も、やっている事は全く異なるがどちらも確かに「映画」と呼べるものになっている。


 そのような観点から見ていくと興味深い事実が浮かび上がる。市川崑はデビューして既に50年以上の大ベテランであるということは、それだけ映画の歴史を生き抜いてきた古典的な映画表現の美しさを持つのに比べ、例えば西川美和の作品などは紛れもなく21世紀の映画であり、しかも双方とも「映画」としか呼びようのない物である。つまり『ユメ十夜』一作品の中に、50年分の日本映画史そのものが圧縮されており、しかも実相寺昭雄や松尾スズキが含まれているという点において、映画史の中でもある種インディペンデントな流派を軸とする構造になっているのである。オムニバス映画の場合どうしても作品個々を比較して見てしまいがちなのであるが、この映画に限っては以上のような理由によって、作品ごとの比較など本質的に無意味なのであり、ひたすら濃密な映画表現を110分間体験するという、今では稀な作品になってしまっているのである。





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