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銀幕のいぶし銀・第103回

『ミリオンダラー・ベイビー』

(2004年・アメリカ・133分)

監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ヒラリー・スワンク、モーガン・フリーマン

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 『許されざる者』『マディソン郡の橋』『ミスティック・リバー』など数々の傑作を世に送り出し、今やアメリカを代表する監督となったC・イーストウッドが今年アカデミー主要4部門を受賞したことで話題になった作品が『ミリオンダラー・ベイビー』である。近年のイーストウッド作品は日本では過度に冷遇されてきたきらいがあったが、今作はアカデミー賞効果もあって昨年の『ミスティック・リバー』並みに拡大ロードショーされることになったのは非常に喜ばしいことである。かつての「ダーティー・ハリー」も既に齢七十を越え前作では流石に監督に専念していたところから、イーストウッドはもう俳優としてより監督として生きていくのではないかという噂すらあったにもかかわらず、堂々の主演作、しかもボクシングの話、という挑戦的なテーマで何事もなかったかのように映画を作り上げるところからして確かにイーストウッドらしい不変の意志を感じさせる。


 数々の名ボクサーを育て上げながらも恵まれない位置にいるトレーナーと、貧窮の生活からはい上がってきた女性ボクサーの物語、ときいて間違っても「あしたのジョー」的な世界を想像してはならない。物語は本当にシンプルで、登場人物も非常に分かりやすいが、それらは決して図式的な物ではなく、一言で言えば演出や演技が行き着いた果てのシンプルさであるからだ。イーストウッド作品群を大きく「超人」の話と「人間」の話に分類するとこの映画は「人間」の話となり、おそらくイーストウッド監督・主演作では最も本人が「超人」性を発揮しない、最も「人間」に近い存在を演じているのだが、そういう意味ではこの作品はイーストウッドのフィルモグラフィの中でも大きな転回点であるといえよう。


 一方イーストウッド作品の大きな魅力である「過剰」さは、物語の展開と相まって磨きがかかっていく。詳しく書かないが初期の『白い肌の異常な夜』を彷彿とさせるような「過剰」さがクライマックスに出現するに至り、この映画の魅力は薄っぺらな「感動のストーリー」や「人間の尊厳」などという言葉では到底表現しえないある種の地平、人間存在の良い面悪い面全てひっくるめたあらゆる断面を、ただ無機質的に暴いていく映画の超越した視点が驚異的なのである。この点で言えばおそらくイーストウッドは『エレニの旅』のアンゲロプロスを越え『家宝』のオリヴェイラに匹敵していると言えよう。





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